柚 だ よ り   Y U Z U C O L U M N
7月上号
<五感を刺激してくれる興味深い場所を探索する連載コラム「五感漫遊記」。今回は、海外特別編「フィジー」と「ほおずき市」のお話です

南太平洋フィジーの島々を、五感で旅してきました。

 

 「フィジー」という場所。
 初めて足を踏み入れる空間。
 私はこれまで、写真やテレビ画面をながめてきた。
 青い海、白い砂浜、南の楽園。
 しかし、いくら「フィジーの海」のイメージをたくさん眺めても、私はその場所を、実はまったく知らないのだ。
 その水に手を入れて、その潮風にさらされて、その潮騒に耳をすまして、潮の香りを嗅いで初めて、私は「フィジーの海」を知る。
  
 飛行機で8時間半、フィジーの玄関口、ビチレブ島へ到着。
 そこから船で、さらに小さな島へと渡っていく。

 移動していく過程で、だんだんと自分の身体が軽くなっていく。  重い荷物を、一つずつ、下ろしていくかのように、解き放たれていく。
 島。
それは切り離された場所。
隔絶した土地。
だから私たちは、日常の重たさを、忘れることができるのだろう。


 
 「タロ芋をゆでて夕ご飯にするの」と彼女。



漁で捕った巨大な魚を、「たき火で焼こう」と彼。

 その肉の、熱く、暑く、歯ごたえがあること。味わいの深いこと。











行き交う人々は、かならずこう声をかけあう。
「BULA!」
 その発音。ほっぺたに空気をためて「ブッ」と一音、そのあとは、落下傘が落ちるような感覚で「ラァ」。
 おおらかなあいさつ。
「やあ、元気?」、「どうしてる?」、「こんちは」、「ご機嫌いかが」……、さまざまな意味がこめられている。
辞典でひくと、「生命」の意味もあった。

珊瑚礁が続くコーラスコースト、「ナヴィチ」の明け方。

こんなにじっと、葉っぱの形のシルエットを見つめたのは、いったい何年ぶりだろう。

こんなにじっと、風の音に耳を傾けたのは?

こんなにじっと、石の匂いを嗅いだのは?


五感で感じたフィジー。
私を自由に解き放ってくれた旅。







「フィジーを五感で旅する」(仮題)は、東京FMのラジオ番組でオンエア、さらにピエブックスからCD+本+写真で出版の予定です。日程等は決まり次第インフォメーションします。



パート2 浅草 浅草寺の「ほうずき市」へ


 7月10日、暑い暑い日、浅草の浅草寺境内にぎっしりと、ほおづきの鉢が並んだ。
 数十万という鉢が、飛ぶように売れた。
 
 江戸時代、「ほうずき市」は夏のイベント、風物詩として大人気に。
 ほおづきには、子どもの疳の虫を封じるとか子宝に恵まれるとかいう「薬効」があったという。
 しかし、昭和に入り高度経済成長のころには、こうした季節の風物詩は「おふるい行事」「魅力のない古色蒼然としたイベント」として、忘れ去られていった。「役に立たない」「新味のない」イベントなんて魅力もないと、人々はしだいに振り向かなくなっていったのだった。
 ところが。
 20世紀も終わりを迎えるころ、古き年中行事の現場には、再び多くの人が群がるようになった。
 境内を人が埋め尽くし、縁日に人がむらがる。
 中高年だけでなく、十代、二十代の姿もちらほら。
 その土地に「しかない」個性的なもよおし、そこに「しかない」固有の風景に、やはり人々はおもしろさを発見し、惹きつけられるのかもしれない。それが今、再確認されつつあるのかもしれない。
 


ほおずきの鉢を物色する人々。
風鈴の音がにぎやか。
つり忍(コケ、忍草を使って作った、涼感吊りモノ・風鈴をくっつけてぶらさげる)も一緒に
売られている。

 



随時連載コラム「だからからだだ!」手のひらの巻 
イラスト・ワカバヤシチカ





 先日、取材の中で出会った「白い手のひら」が、私の脳裏に今もくっきりと刻み込まれている。
 神奈川県のある地域で開催された音楽会に、たまたま足を踏み入れた時のこと。
 複数の小学校の生徒たちが、日頃の練習の成果を披露するという。今どきの小学生は、いったいどんな歌に関心を持っているのかしら? 
 私はウキウキしながらホールへ。
 舞台の上で合唱・演奏が始まる。おなじみの「ほたるこい」や「タンホイザー」といった曲に続いて、なんと、サザンオールスターズの「TUNAMI」に、プッチモニのなんとかという曲が始まった時はびっくり。
 私自身が経験した小学校の音楽と、まったく違うじゃない! 
 当時はオペラの発声法よろしく、お腹からしっかり声を出し「翼をください」といった健全な?曲を、いくつかのパートに分かれ美しくハモったもの。そう、まだビートルズなんて「不良集団」は、教科書にさえ載せてもらえなかったのだから。

 そうそう、ビートルズといえば、私は小学校時代にこんな苦い思い出があったっけ。
 給食の時間、放送委員会の友達に頼んで、ビートルズのテープを流してもらったことがある。兄の影響もあり、私は音楽に関してかなりの早熟で、小学生ながらジョージ・ハリスンのファンだったのだ。
 給食の時間が始まった。各教室のスピーカーから、ビートルズの曲が流れたとたん、私は先生にこっぴどく叱られんたんだっけ……。学校という神聖な空間でああした「商業的な」音楽は、明らかなタブーだった。
 それが今や、ジョン・レノン美術館ができ、世界平和の象徴となり、教科書に掲載され、音楽発表会ではビートルズのみならず、サザンにプッチモニ……。
 しかし、驚きはまだまだ序の口。
 次の演目になると、舞台の前の方にこどもたちがずらり並んだ。 そして歌にあわせながら、なんとその歌詞を「手話」によって表現し始めたのだ。
 白い手袋をした手のひらが50個ほど並び、ぱっと開いたり閉じたりする様子は壮観!
 一つの小学校だけの話ではなかった。複数の学校が、手話つき合唱を発表したのだった。ということはつまり、神奈川県あたりの小学校では、「手話」が当たり前のように学ばれている、ということだろう。
 子どもさんがいる方々は、「何をいまさらそんなことを」とおっしゃるかもしれないが、私にとっては新鮮な驚き。「福祉」や「ボランティア」というテーマが、小学校のカリキュラムにごく自然に入ってくる時代なのか。
 もちろん、手話を使って話題になったテレビドラマの影響も、少しはあるかもしれないけれど……。
 ふわふわと揺れる子どもたちの白い手のひらが、三十年前の私の小学校時代との鮮やかな対比を、はっきりと見せてくれたのだ。
    *   *   *
 手話でおわかりのように、「手のひら」は自分自身が物をつかんだり握ったりすることにだけ使う道具ではない。相手とのコミュニケーションの優れた道具にもなるのだ、とあらためて実感。
 あるいは「拍手」といえば「喝采」と続くように、「すばらしい!」という気持ちを現す時、私たちはごく自然に言葉ではなく「手のひら」を使っているのだっけ。
 
 遠い異国には、こんな使用方法もある。
 タンザニアでは誰かと出会うと、目をそらして地面にしゃがみこんで、パチパチと手を打つのだとか。拍手があいさつのしるしなのだと、文化人類学者・野村雅一氏の本で読んだことがある。
 あるいは、中国人は「賞賛」だけでなく「驚いた時の表現」としても、手をたたくらしい。手のひらの役割というものは、文化によってずいぶん多様なのだ。
 いやいや、コミュニケーションだけでなく、手のひらはたとえば手相のように、自らの運命を読みとる場所でさえある。
 ふだんはろくに手入れもせず、ぞんざいに使っているけれど、よく考えてみると人間にとってさまざまな役割を鮮やかにこなす、なんとも興味深い部位。
 
 はてさて、私たちが神社の境内で、両手をパンパンっと打ち鳴らすのはなぜ? どんな意味が隠されているんだろう?
 「ガランガランという鰐口の音やパンパンっという派手な手のひらの音で神様を起こす」という説がある。
 神様はふだん、お社の中で眠っているらしい。そう、私たちは「手のひら」を使って、神様とコミュニケートしているのですよ。
 大きな音を立てることは、悪霊をはらう意味もあるという。
 奈良の東大寺などで新春に行われる「お水とり」の行事では、お坊さんたちが回廊を荒々しく駆け回り、床や柱を乱打するけれど、あれなんかも「音で鬼や邪気を払う」行為。私たちは「手のひら」の音で、邪気を追い払ってもいるのだ。
 さあみなさん、ずずずいっとHPご愛読のほど、よろしくお願い申し上げます。
 パンパンっ(と景気よく柏手)。礼。
              
(『月刊保険診療』2001.2より)




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