柚 だ よ り
Y U Z U C O L U M N
5月号
今月は、十代の時に熱中していた本、の話題です>

 
一冊の本が、忘れてしまった記憶と一緒に、本棚の奥に眠っていた。
古ぼけた「谷川俊太郎詩集」。
昭和40年代、角川文庫から出版された詩人の手による自選詩集。没頭していたのは十代の頃。
あれから軽く三十年は経っただろうか。



 本棚からひっぱり出した。赤茶けたページの、陽に灼けた芳ばしい匂いを嗅ぎながらめくった。

「ひとときすべてを明るい嘘のように 私は夢の中で目ざめていた」(「六十二のソネット 11沈黙」) 

「ひとりで生きているもののために いつまでもそんなにいつまでも終わらない歌が要るのだ」(「同 24夢」)

 予期せぬ出来事がおこった。
 詩の断片が、浮き上がって見えるのだ。口ずさむと、私の身体の中に眠っていた同じ言葉が、共振しているではないか。
 そうだ。十代の私は、谷川の詩を「黙読」したのではなかった。
 間違いなく、この手で言葉をノートに写しとった。それだけでなく、たしかに声に出して読んだ−−揺るがぬ確かさをともなって、記憶が蘇ってきた。十代の私の指先が、舌が、歯が、喉が、詩人から言葉を食べさせてもらったのだ。咀嚼し血肉化し、身体の一部になったのだ。
 
 回想とか回顧といった、頭の中の記憶をたどる作業とはまた別の、身体に直接刻みつけられた言葉を探る、不思議な感覚。
十代の私にとって、詩人の言葉は、意味を読み取る対象を超え、リズムや振動や質感を伴う「断片」として、身体の中に深く深く沈んでいた。
 まるで私の中に棲みついた恐竜のように、今、その名前を呼ばれ、長い眠りからゆったりと目覚めようとしている。
 私はこの詩集を、音楽のように聴き、食物のように口に含み味わったはずだ。そんな、「五感」を震わせた体験だったからこそ、忘却したり風化したりすることがなかったのだ。
    (「みんな本が好きだった」産経新聞5月16日)



『おしゃべりなからだ』(医学通信社 1200円)
 山下柚実著 イラスト・ワカバヤシチカ

月刊『保健診療』の人気連載エッセイ「山下柚実のだからからだだ(1〜30回)」に、新たに書き下ろしたコラム&イラスト満載。

第一章ツルルン編 ケアしてあげたいからだ
第二章うっとり編  リラックスしたいからだ
第三章ヘルシー編 もっと知りたいからだ




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